10月文京パセージ

10月*木曜連続*パセージ

開催日:10月8日、15日、22日、29日 11月5日、12日、19日、26日 毎週木曜日 11:00−13:30 (2時間30分) 会場:目白台交流会館 最寄り駅 有楽町線 護国寺駅 参加費:26,250円(テキスト代込み)
パセージをすでに受講された方の単発,補講、参加のご案内
パセージは何度受講しても、新しい発見があります。 8週間通しで再受講できなくても、単発参加での受講も可能です。 どうぞお気軽に、ご参加ください。
以下の1)〜4)を、メール(oyako192@gmail.com)にてお知らせ下さい。 再受講者の単発参加の場合、参加費は、1章あたり2.700円です。 定員を越える場合の申し込みは先着順にてお受け致します。
1)お名前 住所、当日連絡できる連絡先 2)参加したい章、日時 3)以前参加されたパセージの時期、場所、リーダーさんのお名前(覚えておられる範 囲で) 4)お手元のテキストバージョン(テキスト裏にかいてあります。)

今月のおしゃべり会

11月13日(金曜日)
丸の内線 茗荷谷駅 徒歩4分くらいの和室。
おこちゃまを遊ばせながらおしゃべりしませんか?
ご参加希望の方は、メッセージください

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プロフィール

Author:K
08年7月にパセージを受講しました。
パセージ的な育児を心がけているけど、
ホントにこれでいいのだろうか?
日々迷走しているような。。。
目標がずれていかないようにお仲間募集です。

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【文京区育児情報】ITメディアの安全・適切な活用に関する講演会

子ども達のために今、大人がなすべきこと〜「メディア漬け」で壊れる子ども達〜

12月13日(日)13:30〜 (会場13時)
文京シビックホール 小ホール
325名(先着順)
入場無料

保育室有り(1歳以上)

文京区男女協働子育て支援部児童青少年係 
TEL 5803−1186

NPO子どもとメディア代表理事の清川氏と吉村小児科の内海氏の講演

****私のコメント****
最近、本を出版されたので、もしかしたらその話かもしれませんね。
最近の関心は、テレビをみせる、みせないの問題ではなく、どのように付き合っていくかということだと思います。シュタイナーをしたいお母さん方が最初にぶちあたる壁として、「ジジババ夫がテレビをみるんです。」とお悩み相談に必ず投稿されているのを読んで、あれ?何か違うと感じました。しかも、それに対してアドバイスしている人も人だと。。。
もし、私にその場で携帯とパソコン捨てて下さいと言われたら絶対に無理なので、やみくもにテレビをみせるみせないの議論は、今の時代無理なんだと思いました。そもそもそのお母さんたちは、ネットしているし。
人の行動を制御することのおそろしさは、分かっているのでしょうか?と最近思うようになりました。

アドラー心理学では、行動は信念から出てくる(1−L)と考えています。
子どものためにと思っていることは、たいてい親の期待だということがだんだん分かってきました。

「テレビをみさせたくない」という行動も親の信念からでてくるものだし、
「テレビをみたい」という行動も子どもの信念からでてくるものだし、

そういうことを考えながら、講演会でどんな専門家の意見が聞けるか楽しみです。

ようやく文京区でも託児付きの講座が増えてきました♪
ありがたいです。特に日曜日は子連れ難民なので。。。。

大森

まったく関係ないのですが、大森に行ってきました。
いいねえ〜、大森。

変な時刻から打ち合わせになったので、祖母に子供達のお迎えをお願いしました。

前は、元気そうに見えても実は70代、と不安でしょうがなかったのですが、
最近は、潔く気持ちよくお願いしています。

自分の思いこみや変な遠慮から、信頼できていなかったのかなあと思います。

もしも、と不安になり、それが、もしかしたら、になり。。。。

おばあちゃんは能力がある。
おばあちゃんは仲間だ。

こどもたちは能力がある。
こどもたちは仲間だ。

と信頼できるようになっているんだなあと自分が変わった実感がありました。

ほんと、助かります。

パセージを習えば習うほど、このような「ギャップ」を埋めるためにスキルを使うことができます。

本当に順序だって上手く解決できるようになるのです。

そうそう、今回の打ち合わせで、実際に人に会うことによって、その人のもつ繊細な仕事の内容が伝わってよかったです。会うまでは、まえ評判があったので、かなり構えていたんですが。。。。
ほんとうに実際に会ってその人の息づかいを感じてみたいといけないみたいです。(野田先生語録)
こちらの要望も伝えることができ、結果ではないところでのその人の仕事も分かってよかったです。

コミュニケーションギャップ!

パセージ受講中ですが、最近ようやく分かったことがありまして。。。。。

目標の一致

が大切だってことです。

目標の一致なしでは、空回りしてしまいます。

いくら、課題の分離だ〜といってみたこところ、

ムダに終わるのです。

そして、ついには、違うところで疑問がわき、だんだん目標がずれてしまう〜。

違うところというのは、私の場合、下手すると、それは、無視と放任につながらない?ってことです。

その前に手を打たねば、と子どもとの「目標の一致」がないままに、自分スタイルで進めていっていました。

で、結局のところ、目標も違うので、ルパンとのやりとりは、とんでもなく明後日の方向へいっていたのでした。そのほかの人ともかもしれないですが。。。。

お〜、こわっ。

ということで、いちいち目標の一致は必要とのこと。

皆様、ここが、落とし穴です。

「だれの問題?」で終わっていませんか?

勇気を持って、目標の一致をして共同の課題にしましょう。

ここで、臆病になってなんていられませんぞ。

もう一度言います。「だれの問題?」なんてのんきに言っているだけだと、それが、いつしか責任逃れになるおそれがあります。私のことですが。。。

先日の講演会で、大人は、客観的になれるそうですが、子どもはいつでも主観的だそうです。
いつでも主観的なので、いつまでたっても主人公なのです。そこで、問題を分離したままだと、いつまでたっても、子どもは変われないのです。自分だって変われないのです。勇気をもって信念を持って子どもと話をして子どもの援助がどうできるかを聴かないといけないらしい。そして、共同の課題として仲良く暮らしていくことを努力しないといけない。

のかなあと自分に言い聞かせています。

自分好みかどうかがラインみたいな節があるし。。。。親の自己満足というか自己欺瞞? もっと厳しく言うと、模範があってそれに習えみたいな。習ってみたところ、自分の子どもがどう感じるかが必要なのに、です。

本当は、親がこの件については終わったなあと思った先が、重要で、その後に子どもがどう思ったかが大切であって、親の対応なんてたかが知れているみたいだなあと思いました。

強烈に親の思いや今までの習慣があるはずなので、人から気付かせてもらえるまでわかりませんでしたが、このクセを変えるには、もうすこし練習が必要なようです。

でも、なかなか難しいと思います。結局人はぬるま湯が好きだし、わざわざ熱くして、やけどしたくないからです。


うまくいっているのかなあと思ったら、また上手くいかなくなり、はあと凹むばかりです。
基本「子どもらしい」のですがね。。。。

私の期待かっ。

【文京区育児情報】子どもに本の楽しみを伝える

文京区の図書館主催の講演会に行ってきました。
秋葉恵子さんのお話しは、パセージでこんがらがっていたわたしの頭をやさしくときほぐしてくれました。

第6章は、『体験を通じて学ぶ』ということを勉強します。
そのうちの一つ、26−L「1.ことばを通じて学ぶ」ということの意味が分かると言えば分かるのだけど、分からないといえば分からない状態でしたが、別の角度から『ことば』について教えてもらったような気がします。

実はわたし、絵本が読めなくて、絵本コンプレックスです。
どうして絵本が読めないか、よ〜〜〜く分かりました。
本は大好きでたくさん読みますが、絵本はどうしても読めないのです。
最後まで読むと息切れします。
私は、物語がすきです。でも、自分の中にでてくる空想の絵で十分なので、絵本の絵の部分は必要がないみたいです。だから,わたしには活字で十分なんだ、と納得してしまいました。

さっそく講演会で聴いてきた『こすずめのぼうけん』のあらすじをルパンにしてみたら、心に響いた感じでした。子どもは主人公と共に体験するそうです。がっかりする場面はほんとうに悲しそうな顔に変わっていくし、最後のハッピーエンドの場面はほんとうにうれしそうな顔をしています。

困難を乗り越えられる
方法はいつくもある

という物語を自分が主人公になって体験することで、子ども達の生きるうえでの大きな体験にもなるそうです。

パセージで習っていることが随所にリンクして、パセージはやっぱり私の子育ての指針になっているなあと思いました。パセージ中に扱う事例も、よく考えれば自分がその物語の中に入っているのです。だから、終わった後の一緒に解決できたなどの喜びを共にシェアするのです。分かち合うことにより、それが力となり仲間となるような気がします。きっと、この部分でなかなかコアをシェアしていないと話し合えないので、私はアドラー仲間がほしいのだと思います。とおもったら、おなじ文京パセージを受講中のお母さんもいたので、同じアンテナだ〜と嬉しくなりました。

アドラー仲間の定義は、対等で平等。臆病でない。能力がある。人々は仲間だ。
割と普通に生活していると、日本文化の「本音と建て前」と「謙遜」の美徳がでてくるのでしょう。
人と比べ、謙遜し、卑下し、人間関係めんどくさいなあとなるのかなあと思いました。

もっと熱い人間関係がきづけるようになると、ラクなんだろうなと思います。

途中、なぜか介護の話にもなり、松岡享子さんのコラムを朗読されました。

『老人はなぐさめようがない』
『幸せだった頃』
『老いて閉ざされた』
『子ども時代の幸せのたくわえ』

というキーワードが胸に突き刺さりました。
老人は徐々に子どもにかえっていくわけではなく、いきなり子どもになってしまうそうです。
子どものころに話していた方言を話すようになるとか。。。

 私がすんごい苦手なおばさんが浮かび、あのおばさんが幸せだった頃はあったのかなあとおもってしまいました。夫に先だたれ、長男に先だたれ、二男は結婚しない、と、いつも誰かいないか聴いているおばさんのイメージがあって、悲劇の母を演じているのかなあと冷めた目でみていました。それが私の恐怖だったかも。(汗) 年老いてからは、昔話ばかりだし。。。。しかも、同じ話。

 もしかしたらこのおばさんには、幸せのたくわえがない、もしくは忘れてしまうほど大変だったのかも、と感じることができました。次にあったら、おばさんにしてもらった嬉しかったことを伝えてみようと思います。マーブリングセットをくれたことや、かわいい女の子のアップリケ付きのレッスンバックを作ってくれたことなどです。

あ、そういえば、グリーフケアの活動をしている人のことばで、人がいじわるなのは、その人の持っている悲しみ苦しみがまだ癒やされていないからなのよ〜ということでした。そのおばさんが特にいじわるってわけではないですが、なにかにつけて批判的なのは、そういうことなのかもと思いました。

日本的な美として、『自己犠牲』が好まれるそうですが、子どもにとって嫌なこと、不安なことはなかったことにしたい、忘れようとする、それができなくなると、心が壊れるそうです。自己犠牲は、子供達はあこがれないので、良質な物語を選ぶことはとっても大切だそうです。

絵本を子ども達に読んでいないので、ちょっと劣等感がありましたが、まあ、これで「絵本」と「物語」は別物とはっきり自分の中で基準ができたのでスッキリしました。また別の角度からの子どものための本を選ぶ基準が分かって良かったです。

山のように絵本やら紙芝居を借りていくお母さん方、けっこういるので焦っていたのだけど、これからも自分のために図書館利用するだろうと思います。

とはいってはみたものの。。。

ひらがなとかを教えないという実践うんぬん、
今日のパセージを受けて、それはやっぱり親の期待だろうなあと思って、ルパンに聴いてみました。

母「ルパンくん、ひらながとか教えてほしい?」
ル「うん、うん」
母「あ、そうだったの。教えてほしかったんだ。じゃあ、やってみようか」
ル「?????」
母「小学校でも勉強するみたいだけど。。。」←誘導?
ル「うんとね、OO組は読めないけど、(年長の)◎◎組は読めるよ。」
母「そうなんだ。苦笑。じゃあ、来年まで待てば読めるんだね。じゃ、いっか。。。」
ル「。。。。」

と、本人に一応確認をとってみました。
自分でも、????がたくさんつきますが、その都度その都度本人確認をする必要があるみたいでして。。。。

本人がひらがなを読めなくて(というのも本人に聴いてみないと分からないのすが)、そもそも困っていない。

ということは、私の期待であり、課題であるということになるのかなあ?
そしたら、あんまり親の出る場面ってないじゃないか〜〜〜(撃沈)。

そういうことか。。。。

自分で課題を作ってから騒ぎしていたということなんですか。。。はあ。

ルパンは能力がある。(自分でひらがなは年長になったら読めると分かっている?)
人々は仲間だ。(園でたのしくお友達と遊んでいる→社会と調和して暮らしている。)

なんの問題もないじゃないか〜〜。

よし、ターゲットをジナンに変えるか。。。。懲りない私。






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